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2006年7月 1日 (土)

「アメとムチ」システム

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僕は保育園児だった頃から絵を描くのが好きでした。多分えんぴつを使って初めて絵を描いたのは4歳ぐらいの時だったと思います。めちゃくちゃ人見知りするおとなしい性格の子供だったんですが、保育園の先生に描いた絵を持っていって「上手やねえ〜」といわれるのがやたら嬉しかった。どんな絵かというと仮面ライダー、ウルトラマン、ドラえもんなど、主にアニメや特撮のキャラクターなんですが、いつも家で描き溜めては保育園の若い女の先生とオバチャン先生の2人に見せていました。

若い女の先生は、「なんで、こげんうまいとかいなね〜」って誉めてくれるんですが、もう一人のオバチャン先生は毎回「どうせ写しとっちゃろうもん」と言って誉めてくれない。

説明の必要はないと思いますが「写す」というのはウルトラマンなどの題材となる写真の上に紙をのせて、透かして見える部分の輪郭をなぞるというセコくて邪道なテクニックの事。小さい子供相手におばちゃんは、なんてムカツク事を言うんだろうと思ってました。

それでさすがにおとなしい僕も、「写しとらんばい。見て描きよっちゃけん、なんば言いようと」といってオバチャン先生に小声でムキになってました。

優しい若い女の先生は、「また壁に貼っとくけんね、新しいのば描いたら持って来るとよ!」と、嬉しい事を言ってくれる。そうするとオバチャンが若い先生に耳元でコソコソと「そげん全部貼らんでもよかろうもん」って言っているのが聞こえてくる・・・

でも今考えるとそんな「アメとムチ」システムが返って良い結果を生んでたのかもしれません。2人の先生の反応が楽しかったからこそ、描くのをやめなかったんだと思います。

父親も描いた絵を見ては良く誉めてくれてました。描いて見せる度に喜んでくれる。喜ばれるとさらに絵が描きたくなる。その繰り返しが中学校ぐらいまで続いてたと思います。母親が良く言っていたのは「お母さんが昔、絵がうまかったけん、それが遺伝しとったい」・・・そんなニュアンスの話を4万回ぐらい聴いたと思います。

そんな母親は僕が小さい頃に描いていた絵を「ちゃんと、とっとーとよ!」と言ってファイリングして取って置いてくれてたんです。母親は「何でも捨てずに置いておく病」なんですが、このファイルが出て来た時は本当に嬉しかった。ちなみに家族の中で、父親と僕だけは「何でも捨てる選手権」の1位、2位でした。

保育園にいた若い女の先生の事を当時は優しくて綺麗な先生だなと思ってましたが、高校生ぐらいになった時に保育園の時のアルバムを見てみると、若い女の先生は”ジャガー横田”みたいな顔をしてました。

ファイリングしてある中から、少しだけ自慢の絵を公開!多分5歳〜7歳ぐらいの時に描いてたやつだと思います。

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ウルトラ兄弟、勢ぞろいの図

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適当に描いていたアトムのメカニック。

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7さいまつしまってサインしてあるので「小学1年生」か何かの本を見て描いたものだと思います。水性ペンで色塗り。

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大人にはまず描けないであろう、味のあるガンダム。

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一番のお気に入りはこの大好きだったキカイダーのイラスト。ちょっと構成を意識してキャラを配置しているあたりが我ながら”やるなあ”という感じ。

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